学生・若手病理医諸君への最近のブログ記事

駿台予備校 市谷校舎で、駿台OBとして 駿台構内生特別イベント 20163回 医系特別講演会に招かれ、前途洋々たる学生諸君に「医療の進歩と病理診断~国際的チャレンジそして常に前進」という講演を行った。

御茶ノ水 駿台予備校.JPG

新校舎となった駿台御茶ノ水校舎。私が通った半世紀前に比べると新鮮な感じを受ける。

私の講演では、私が歩んできた下垂体研究、病理診断、海外活動などを振り返りながら、人生で重要なこととして、

【1】     夢を持ちそれに向かって邁進する

【2】     そのための気力と体力を育成する

【3】     友人、人間関係を大切にする

【4】     研究は若いうちが勝負

【5】     海外に向かって大いに発信する

などを強調した。

若い柔軟性のある諸君たちが少しでも意気に感じてくれれば幸いと思っている。

質問も的確な内容が多く、私の話に共感を覚えてくれた学生も少なくない手ごたえを得た。


以下の内容で、病理診断の現状および私の歩んできた人生(生き様、人生訓)などを話した。

駿台予備校医系講演会.jpgのサムネール画像


バナー.jpg今年も、122日と4日にLAUSCで医学部1年生の病理学の講義と自習を担当した。

Neoplasia III, IVで腫瘍の後半のパートであった。

 

いつもながら半日を以下のように効率に使って行われる。

800am-900am  スタッフ打合せ  

900am-1000am  講義 大講堂

1000am-1200am  Lab(実習)

 

講義は、パワーポイントスライドが事前にHPに掲載され予習が出来、また授業中にも同じスライドを自分のモニターで見ながら受けることができる。

別にReviewsの時間が設定されているので、講義の中、後での質問はない。

米国では、学生の注意を引くためのパーフォーマンスが必要である。

 

ギターと教授アップ.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

我々の前の時間の教授は、講義の最後にいきなり白衣を脱いで壇上にあがり、ギターを弾きながら"Cancer, it is already me!"という歌を作詞作曲して歌った。

中にCancerの特徴が盛り込まれており面白く聴いたが、色々と考えるものである。

 

講義の後、学生は7グループ(1グループ24名)に分かれて、同じ教材を使って実習を行う。1時間程、実例の肉眼像、組織像を見ながら用語の説明をおこなう。

米国では、すべて対話形式でinteractiveに行われる。学生が積極的なので、チューターは進行が楽といえる。

次に、4症例を4グループで討議する。その後でプレゼンテーションを各グループが行った後に、チューターが解説をする。学生の症例の自習は、バーチャルスライドを用いている。

9月に開始した1年生の12月ではあるが、実習で学ばせる範囲が広すぎないように配慮されており、学生も無理なく消化している様子である。

 

今年の学生は、これまでより若干若い(全員学士であるが)傾向が感じられたので、確認したらやはり4年生大学を卒業して医学部に入学生が増えているとの事であった。

今年も、学生からの手ごたえも感じられ、充実した時間を過ごした。

 

今年は、USC付属Norris Cancer Center40年ぶりにリオープンしたことで全学にバナーが沢山掲げられていた。

 

これまでは、Thanksgiving holidayの後、12月初旬であったが、今年は、若干のカリキュラムの変更があり、例年より早く112日と115日であった。

 

LAに到着した1031日はハロウィンで、町は仮装した人々であふれていた(写真右)。

またLAを出る11月6日は、アメリカ大統領選挙の投票日(写真左)で、帰りの機内でBarack Obamaが選出されたことを知った。  

ハロウィン.jpg

 

GEDC0358.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、医学部学生1年次のNeoplasia I, IIを担当した。

本カリキュラムは、今年からYear I Foundations of Medical Science III,に属して、疾患の基礎を教える科目と位置付けられ、講義と実習から構成されている。

  USC授業の風景.jpg

昨年も述べたかとも思われるが、

    医学部1年生が対象、すなわち学士入学ではあるが、入学してすぐに病理の授業、実習を課することになる、

    顕微鏡実習はなく、デジタル化画像(Virtual slides)およびPowerPointスライドを使用する。

    講義資料はWebsiteに掲載されていて、授業中はもとより、予習復習が自由に出来る。

ちなみに USCキャンパスは、WebsiteWirelessアクセスが可能で学生は何時何処でもWebsiteで教材等を見ることができる。

 

私が担当する"腫瘍Neoplasia"は4回の講義実習が行われる。

一回半日である。典型的なパターンは

8:00-9:00am Instructors 打合せ

9:00-10:00am  講義 大講堂での授業 Websiteへアクセス可能

10:00-12:00am  実習 スモールグループ  約24名 4グループに分かれる

 

実習は、PowerPointスライドに沿って、学生のプレゼンテーションによって進められる。

教員は、質問に答え、助言を与えることが、主たる任務である。実に質問が多い、基本的なものも多いが、鋭い内容のものもある。きっちりと答えないと学生は次回から別のグループに行ってしまう。教員にも厳しい試練である。幸い私のところには、学生が集まってくれる。真の意味でのInteractive,であり、授業効果のフィードバックが明らかである。

 

この、interactiveな対話を通して、時間を有効に使用しながら教育をする、"効率の良さ"をいつも体験している。わが国の学生も、質問すると黙って下を向く諸君が多い(少しずつ変わってきていることも実感しているが、、)が、基本的なlearnerとしての態度を変えて行く必要が改めて感じられる。また、教える側にも教材の整備など"興味を持たせる"工夫が至る所に伺うことができ、肌理の細かさが伝わってくる。

 

今年は、学生が例年より多かった。アジア系が多い学年との事であったが、中国系を筆頭に、日本、韓国、タイ、、、などの学生が見られた。

昨今、全世界的な風潮として剖検数が激減してきている。

 

一部の国(たとえばドイツなど)、あるいはわが国でも一部の病院など例外はあるが、院内での患者死亡に比しての剖検率が著明に減少している。

原因は種々あると思われるが、画像診断のほか種々の診療技術の発達により、病態診断はかなりの部分が生前に可能となり、当初の[古典的な]臨床診断を確認・追従する意味での剖検の意義は顕著に低下して来たものと理解できる。また、患者の術後の状態の確認のみの剖検の臨床的意義・興味は希薄化してきている。

  顕微鏡と病理.jpgのサムネール画像

我々医療従事者は、近年の医療の進歩に伴って、剖検の意義が明らかに変貌し、現在では剖検の診療行為の一部としての意義が著明に増加していることを認識すべきである。

たとえば、内科系の全身疾患・臓器主体の疾患(膠原病、代謝疾患など)の全貌は剖検により始めて明らかとなり、診断と治療の影響などの解明は剖検での組織・細胞レベルで解析する以外に方法はない。

 

また、悪性腫瘍の治療後の状態Pathological Complete ResponsepCR)などの評価をする際に、治療効果と直結した細胞の変化など剖検による細胞レベルでの解析により始めて明らかとなる。各種"がん"の治療にも次々と特異的な分子標的治療が開発され臨床応用されてきている。

最終的な治療効果の判定あるいは残存腫瘍の"生物学的特徴"など剖検による解析が必須となる。

 

いずれにしろ、このような剖検によって得られた情報は診断・治療された特定の患者の直接的な病態診断にとどまらず、将来の"よりよい"診断治療に反映されるべきものである。

その意味で、剖検を基盤としての"組織・細胞バンク"も院内で構築されることが望ましいとかんがえる。

 

一方、教育的な見地からの剖検の重要性はもっと強調されるべきであり、若手医師、熟達医師を問わず剖検には、上記に述べられるような極めて多くの貴重な情報が得られることを認識し、日常の診療精度の向上のため、CPCを含めた「臨床と病理の密接な検討会」がより活発に行われることが要望される。

資料をご参照ください。Molecular(Genomic) Pathology USCAP 2012.pdf

 

USCAP表紙.jpgのサムネール画像 

 

バンクーバーにてさる317日―23日までUSCAPが開催されて暫く時間が経過したが、ある機会を得てそのプログラムの中に占める分子病理が極めて多いことを感じた。

 

 

 

 

 

バンクーバーでのUSCAPは参加者が4458名とこれまででの一番多かったと報告されている。

その中で、Special Couse2テーマは分子病理関係であり、Companion Meetingでも殆どのタイトルが分子病理を扱っている。

また、レジデントの教育にも既にプログラムがあり、Genomic Pathologyという名称がつかわれている。

私もGenomic Pathologyが相応しい名称として普及して行くこと希望している。

 

いずれにしろ、まぎれもなく分子病理 Genomic Pathologyの時代が来ている。この新しい病理の息吹に 若い医師、学徒を大いに誘いたい。

 

―若手病理医への誘いー

先日のUSCAP320日―26日 Vancouver)は4000人以上の参加があり、USCAP史上最多の出席者であったと聞いている。

その他私達にとって遠きすべきは、種々のコース(long, short, specialtyなど)おおよび一般演題でも分子病理Molecular pathologyに関する発表が急速に増加していることが言えよう。

遺伝子解析を含めた分子病理Molecular pathologyの内容が多くなっていることに目を見張った。

更には、若手病理医へのこの分野でのFellowshipなども汝所に増えてきていることも素晴らしいことである(UCSF, UCLA, Cedars Sinai Medical Center, Univ. Pittsburghなど)。

USCAPの前日に毎年開催されるAssociation for the Directors of Surgical Pathology (ADASP)に出席したが、そこでもGenomic PathologyResident, Fellow教育が話題として提供され討議された。

そこでは、Training Residents in Genomics(TRIG)の資料が配布され、その内容をもとに意見交換がなされた。

  Lecture I: Genomic Pathology: An Introduction

  Lecture II: Genomic Methods

  Lecture III: Interpreting Genomic Information for Clinical Care

  Lecture IV: Genomic Medicine: Communicating with the Patients

など分かりやすく解説されている。

Intersociety Council for Pathology Information, Inc.に若手向きの情報が掲載されている。

Genomic Pathologyという用語も新たに導入され盛んに使用され始めている。

わが国でも、Genomic遺伝子病理の病理診断、予後因子、治療指針などでの重要性も認識されてきている。是非、若手病理医にも、重要性、手技などに関する情報をUpdateして提供して行く必要を切に感じる次第である。

 

実例:肺線癌におけるEGFR突然変異 

チロシンキナーゼ阻害剤ゲフィチニブの効果が期待できる 

 

EGFR mutation報告書.jpg

若い病理医の活躍を期待

 

新年を迎えて、国際的な視野を踏まえて我が国の病理学の展望を考えてみた。

 

日常の病理診断では、"正しく速く" の要望も、術中迅速診断の需要も明らかに増加してきている。我々が、日常扱う診断の種類は、"癌か否か"" "癌の分類" などが主であるが、日本人の寿命が著しく伸びてきているのに相応して癌の診断も増えてきていると思われる。

肺癌、結腸・直腸癌、乳癌など著明に増えている。

診断の内容も、昨年までに分子病理診断が著しい普及を示してきており、乳癌のHER2の過剰発現、遺伝子増幅、肺癌のEGFR 突然変異、GISTKIT突然変異など必須の診断項目になってきている。今年も、効果的な治療のためその重要は益々増加し、その種類も幅広いものになってゆくものと期待される。KIT化も進んできており、解析も簡便になって行くものと思われる。

 

病理画像をデジタル化することを応用する遠隔病理診断Remote pathology diagnosisも国内の局所での活用(病院間)が確固たるのと位置付けられ、全国展開が期待される。

組織画像をデジタル化することにより、いつでもどこへでも送信することが出来、その画像を自動解析することも可能である。システムとしては、複数の企業が競争して、デジタル化のスピード、デジタル画像の質など"より良い機器"の開発に全力を投入している。

大型モニターを2台並べて、臨床情報、肉眼所見、組織所見、分子病理解析結果などを踏まえた病理診断をパネルとして完成させる。このシステムを "Pathology Cockpit" と称して デジタル化することにより一個人の情報を総合的にレビューしながら、より的確な病理診断が期待されている。

 

One-day Pathology 更に病理診断に望まれることは、"速く的確な病理診断"であり、現在の技術では2時間弱でパラフィンブロックを作成することのできる機器Xpress®が注目されている。このシステムの導入により、午前中に採取された組織検体は、午後に最終診断を報告することが出来る。これをOne-day Pathologyと呼んでいる。外来での患者への対応、比較的小型臓器も対応可能である。このシステムにもDigital pathologyが大いに活用される。

 

病理診断の国際性も今後益々期待される。若い病理医が海外に出て積極的に情報発信する傾向はUSCAPで見られ、大変嬉しく頼もしく思っている。数年前より、日本から参加する病理医、米国等海外で活躍している日本人病理医が参集する機会 "Japan night"を企画しているが、年々参加者も増えてきており、最近では7080名に達している。

今年度のUSCAP  Vancouver市にて 2012 March 17-23に開催される。

また、今年は、2年毎に開催されるIAP国際学会が開催される年であり、南アフリカ Cape Town市において930日から105日まで開催される。

国際医療福祉大学三田病院からも、シンポジウムなど演題の発表が予定されている。

 

このように、病理診断もここ数年でDigital化が進み、益々国際化が要求されるようになることは、間違いがない。若い医師の病理診断領域への参画が大いに期待されるところである。

1228日、29日と二日間にわたり例年通りUSCで医学部一年生の病理学Neoplasia III, IVの講義実習を担当した。

USCキャンパス.jpgのサムネール画像のサムネール画像USCの病理教育は1年生(Medical School)の最初から行われ、他の臓器の講義と一緒に病理が始まるが、顕微鏡実習は行わない。

 

学生には、実習で用いられるPower pointスライドのannotationのないものをWebで閲覧できるようになっている。その内容をあらかじめ作製したVirtual slide(国際的にはWhole slide imaging; WSIと称される)を一緒に学ぶよう指導されている。

 

USC授業風景.jpgのサムネール画像のサムネール画像午前中のNeoplasmの内容であるが

8:00-9:00  Faculty meeting(その日の教育内容の打合せ)

 

9:00-10:00  Lecture(講義は前ChairDr. Clive Taylorが通常行う)

 

10:00-12:00 Lab  7グループに分かれてannotationの付された同じPower pointを使って学生にプレゼンテーションさせる。

 

内容的には、(1)代表的な腫瘍病理画像(肉眼、組織像)を説明させる、(2)あらかじめ閲覧している腫瘍の4症例をannotation付きpower pointでプレゼンテーションさせる、ことが主体であった。

学生は、組織像、細胞像には慣れていない者が多く、基本的な質問が多く出された。私のグループは24名であったので、6人ずつの4グループに分けて4症例についての検討をさせて後にプレゼンテーションをさせた。30分の準備時間を与えたが積極的に具体的な質問が多く出され、応える私の方も "学生がわかること、わかっていないこと" が明白となり、やりやすく感じた。その多くのやり取りの中で、これまでにはなかった "学生との距離の近さ" を感じたことに私は教員としての手ごたえを充分に感じることができた。

2回とも、終了時全員に拍手をされて "Thank you" "Good luck" で終わることができたのも今年が初めてであった。

学生の気質なのか私が慣れてきたのか(意気込みが違ったのか)考えているところである。

 

梅原猛著 「学ぶよろこび ー創造と発見ー」 朝日出版社 2011331日初版第一刷

 

本書は、85歳となった著者によるもので3部よりなっている。

学よろこびカバー.jpg第一章「少年の夢」、68歳のときに高校生向けの講演

第二章「生い立ちの記」は、56歳のときに記した著書「学問のすすめ」よりの抜粋である

第三章「創造への道」は、最近記したものである。

 

第一章では、夢を持つことを強調し、創造には夢が大切であることを力説している。これまで、夢を実現させた人の多くは、"心に傷を持った人"であり、傷は深い程良いという。

例として、わが国で初めてノーベル賞を得た湯川秀樹博士、豊田自動車の創設者豊田喜一郎氏が挙げられている。湯川博士は、秀才の一家に育って学業は目立たない存在であった、父親は高校への進学ではなく高等商業学校への進学をかんがえた。それをいさめたのが中学校の校長であり、その進めで高校へ進学し、後に大発見をすることになる。豊田喜一郎氏は、母親と速く別れてしまい、それが傷となって後に自動車への道(父親の織機ではなく)で大成することになった。梅原博士は、早くに母親と死に別れ、伯父夫婦に育てられ、その境遇に悩みながら哲学の道に進み独自の夢を達成した。そして、いまだに更なる夢を伸ばしている。

 

第二章では、氏の生い立ちから(父の兄:伯父の子として育てられ)、その養父の影響、そして青春時代の変遷が書かれている。もともと余り勉強好きでなかったが、養母を喜ばせようと死に物狂いの勉強の結果頭角を現すことになり、その後の哲学への道の原動力になる。

 

第三章では、梅原博士の学者としての生活を語っている。氏が人間の一生を考える際に、ツァラトゥストラはかく語りき}に語られているフリードニッヒ・ニーチェの精神の三種の変貌を紹介している。精神は、最初ラクダの形で現れ、耐える精神の代表している。次はライオンの戦う心がいろいろな知識を積極的に習得する上で必要となる。最後に創造のために、ライオンは小児にならなくてはならない。創造には、小児のような遊びの精神が必要としている。忍耐-戦い-創造の推移が重要と説かれている。この流れを受けて、氏はいろいろな変遷を経ながら哲学の道を創造したことになる。

 

氏は、最後に85歳を迎えた氏が、まだ新しい哲学の創造に情熱を燃やしていることの素晴らしさに胸打たれる。

 

私の研究人生と照らし合わせてみて、共感することも多い。是非若い学徒にお薦めしたいほんである。読みやすい内容であり、各々の育った環境も考えながら、創造への意欲がわくことを期待している。

レベッカ・スクルート著 中里京子訳

不死細胞 ヒーラ HeLa ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生

The immortal life of Henriietta Lacks  Rebecca Skloot

講談社 2011614日 第一刷

 

HeLa細胞に係る本書をやっと読み終えた。

HeLa細胞は、不死化された培養細胞として、癌細胞の分子生物学、癌の治療、再生医療、その他実に多くの領域で応用されてきたのは、周知のことである。このHela細胞は、無尽蔵と言えるような状況で市販されていており、世界中あらゆる研究者に提供可能である。

本書は、このHeLa細胞について、著者の根気よい長期間にわたる取材をもとに、詳細が明らかになっており、中には、目を疑いたくなるような歴史的記載もある。

先ず、HeLa1951年に亡くなったAfrican American女性 Henrietta Lacksの子宮頚癌から撮られたものであることが強調され、Lacks家の人々、特にHenriettaの次女Deboraへのインタビューを通して、色々な事象が記載されている。Henriettaは、ジョンスホプキンス大学病院で子宮頚癌の治療を受けたが、死亡し、遺族の承諾を得て病理解剖を施行している。剖検記録によれば、癌細胞は腹腔内に広範に浸潤していた[文献1]。子宮頚部生検から得られた子宮頚癌の細胞は、培地の中で他の癌細胞と異なり、極めて高い増殖能を有し、Cell line化された。そして、ジョンスホプキンス大学の研究者Gey博士はこの細胞を研究に提供することを思い立ち、多くの研究者の研究に応用された。Henriettaの死後60年経っているが、実に大量のHeLa細胞がこれまで産生されたことになる。当時、インフォームドコンセントの概念はなく、これらの事実は、Lacks家の人々には知らされずに進められた。このことを、Lacks家の人々は不満に思っていると記載されているが、最終的に訴訟することはなく、"人々の役に立っている"ことで了解していると結論している。取材の中で、いくつか驚くべき史実の記載がある、HeLa細胞が他の培養細胞にコンタミ(混ざる)している、他の生物とのキメラを作製(鳥の心筋細胞不死化など、、、、)、ヒトへのHeLa細胞移植実験、、、、などである。

また、病理医として興味があったのは、本腫瘍の組織型であった。当初扁平上皮癌と考えられてきたが、のちに腺癌とされたとある。それについては、文献1に詳しく記載され、病理組織写真も掲載されている。病理組織像は、浸潤性の扁平上皮癌もあるが、同時に、多くの大細胞を多数示す、低分化癌があり、その部分がCell lineかしたのではないかと思われる。報告で見る限り明らかな腺癌を認識するのは困難である。腫瘍の切片を取り寄せることができるのであれば私自信でも是非見たいと思っている。

Helaを巡る、医療情勢、社会情勢などデボラ、Lacks家の人々を通して詳細に描かれている。極めて興味深い一冊である。英文を読んでいないが、和訳の表現も適切と思われる。

 不死細胞ヒーラ2.jpg

関連文献

1.     Lucey BP et al. Henrietta Lack, HeLa cells, and Cell Culture Contamination.

Arch Pathol Lab Med.2009;133:1463-1467

2.     Jones,HW Jr  Record of the first physician to see Henrietta Lacks at the Johns Hopkins Hospital:History of the beginning of the HeLa cell line.

Am J Obstet Gynecol 1997;176:S227-8

3.     Hsu SH, et al. Genetic characteristics of the HeLa cell.

Science. 1976 Jan 30;191(4225):392-4.

4.     Jones HW Jr,et al. George Otto Gey. (1899-1970). The HeLa cell and a reappraisal of its origin.

Obstet Gynecol. 1971 Dec;38(6):945-9. 

 

 

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