雑記の最近のブログ記事

休日には、ジムに行って筋トレ、ランニングそして水泳で体力を保つ努力をしている。相当な汗をかいていると思う。終わった後でなぜかDr. Pepperを飲んでしまう。気持ちをFreshにする青春の味だからと思う。

私が渡米したのは、1970622日医学部卒後3か月のことである。

そのころ日本にはCokeはあったが、Dr. Pepperはなかった。

最初の留学地はDenver Coloradoであった。Hamburger, MacJack in the Boxも良く通った) Fried Chicken KFC, Pizza,...そしてDr. Pepperすべて初めて口にするものであった。

Dr. Pepperは名前もユニークであったが、味もCheeryと炭酸で"得も言われぬ"味で病みつきになった。今でも、Dr. Pepperを飲むと、その味が40年前の気持ちにさせてくれる。青春の味、スポーツの後には最適である。

私が学部学生のころ、水泳に明け暮れていたことは、随所に記載しているが、当時すでにビンコーラBottle Cokeは飲んでいた。Cokeについていろいろと意見があったが、私は単純に"美味い"と思って良く飲んだものである。私の青春にとってしっかりと位置付けられている。Cokeも最近は缶あるいはプラステイック瓶がほとんどでガラスのBottle Cokeはほとんど見られない。

今年の夏は、アメリカ在住の娘が孫の男の子二人つれて滞在していた。休暇で日光へ行ったが、東照宮の近くの売店で"昔懐かしい"Bottle Cokeを見つけて全員で"それぞれの想い"で飲んだ。孫も米国でもあまり見ないようで興味津々であり、瓶を持ち帰った。

私の書斎に一本おいて、アイスホッケーというスポーツに熱中している孫に思いを馳せている。

Dr. PepperそしてBottle Coke 忘れえぬ青春の味 そろそろ半世紀近く経とうとしている...

Dr. PepperそしてBottle Coke.JPG

WHO Classification of tumors of Endocrine Organs4版が刊行された。

WHO Endocrine Tumors 2017と呼ばれ始め、Volume Editorの一人として嬉しく思っている。

WHO表紙.jpg
ACTH cell.jpg

さて、表紙の写真の一部に下垂体腺腫Corticotroph adenomaの一亜型Crooke cell adenomaを入れてもらった。私の病理医・病理学者としての生涯を物語るものとして是非記載しておきたい。最初の出会いは、1973年米国コロラド大学で病理レジデント3年目を終え4年目のResearch fellowの時であった。その年、私は、Prof. Paul Nakane(中根一穂教授)に師事し、Nakane教授が開発された酵素抗体法を習得すべく、日夜研鑽を重ねていた。Nakane教授が酵素抗体法を応用されたのが、ラット下垂体であった。私には、剖検で得られた下垂体を1000個みて、"何か変化(病理)を見つけよ"という命題が与えられた。とにかく毎日毎日下垂体のH&E染色を注意深く観察した。しばらくして、細胞内がリング状に染色が薄く(淡く)なっている細胞があることに気が付いた。その症例の剖検プロトコールを丹念にレビューしたところ、患者は白血病、肝移植などでステロイドを投与さえている共通点を見つけた。早速ACTHを酵素抗体法で染色したところ"見事に"陽性であった。ステロイドによる下垂体Corticotrophの退行性変性と考え、"私の発見"として大変うれしく思い、Nakane教授も喜んで下さった。早速論文作成に取り掛かったが、過去の文献を調べているうちに、意外なことに遭遇したのである。なんと1935年に英国のPathologist であるArthur Carleton Crooke博士が私の見たのと全く同じ細胞をシェーマ入りで発表していたのである。Crooke博士は、ヒト下垂体腺腫の患者の下垂体の腫瘍以外の"正常"下垂体でこの変化を見たのである。私が見つけた細胞の発現と機序は同じである。その変化は、Crooke's cellといわれて広く知られている。酵素抗体方によりACTH細胞であることを見出したのは、私が最初である。さらに、興味あることは、当初退行性変性と考えられたCrooke cellであるが、近年Crooke cellより構成されるCorticotroph adenomaは、浸潤、再発などを示すaggressive adenomaであることが判明してきた。その機序は解明中である。

Crooke Change in normal pituitary.jpg

私は病理人生の早い時期に、自分でも新しいことを発見できるという自信を得たこと、"なぜか?"という疑問を持ち原因を探り当てる探求心を養えたことなど、貴重な体験をした。Nakane教授は真の研究者であり、我々には非常に厳しいMentorであった。実験には必ずコントロールを置くこと、研究テーマに固執して一生大切にすること、など貴重な教えが今でも離れない。

大袈裟な表現となるが、私の下垂体研究の"証"としてCrooke cell adenomaACTH染色をWHO Blue Bookの表紙に掲載してもらった。近い将来、機会を見つけてCrooke博士の足跡を探り、その生涯に触れてみたいと思っている。

622日から24日まで仕事でLAに滞在した。

いつものごとく夜のJazz liveを探した。

Catalinaという場所でRoberta

 Gambariniが出演していることがわかり早速予約を入れた。

Jazz2.jpg

Robertaはイタリア出身のJazz singerで私もCDを何枚か持っており、好きなsingerの一人である。食事が終わり暗くなっていよいよと開演である。

テンポの速い曲が多く、我々聴衆とのアドリブの掛け合いも楽しいものであった。

とにかく声域が広く声量がすごい。

見事なパフォーマンスであった。

途中で歌ったI'm a fool to want youは圧巻であった。

この曲はBillie Holidayが何回も録音した名曲である。Robertaの歌唱力でじっくりと歌い上げたこの曲は素晴らしいもので、感激で涙があふれた。

Jazzに感動すること人生の喜びと言えよう。

Jazz1.jpg

盆の入りの713日にちなんで日頃思っていること、、、

3か月ほど前、仕事から帰り熱い湯で顔を洗うとなにかホッとすることに気が付いた。

なんとなく心が休まるのでそれから毎日欠かさず行っている。

理由は定かでないが、幼い頃の "あること" を思い出す。

小学校低学年当時母が大病して入院しており私は父と二人暮らしであった。

当時の日本では多くの人が風呂は銭湯に行っていた。

銭湯に行けない日は、寝る前に父が湯を沸かし、熱いタオルで私の顔を拭いてくれた。

何とも言えず安心する時間であったに違いない。

熱いお湯で顔を洗うとき"ほっと安心する"のは、この父のぬくもりのなせることと感じる。

 

私は、自分の性格が普通であると思う反面、ユニークな面も強くあるのではないかと思うことも多く、そして時に悩む。

これも最近気づいたが、幼い頃の "あること" を思い出す。

中学に入って1年が経とうとしたころ、私の成績はだんだん下がっていた。

当時は人生の方向付けもなく、焦点が絞られないまま、成績を上げるべく努力していた。

ある日、母が学校から呼び出しを受けて、担任の先生と面談した。

私はきっと成績不良を母が責められて、さぞ機嫌が悪いのではないかと密かに心配していた。

帰ってきた母は意外と機嫌がよく一言だけ "先生からユニークな子供だ" と言われたと目がほほ笑んでいた。

密かに自分の "考え方・行動" が他人と少しずつ違うのではないかと心配していた私は "先生が私の特徴をよく見てくれたこと" とともに 母が "私のユニークさに喜びを感じた" ことが、この上なく嬉しかったことが記憶の隅から呼び起こされた。

この "寛容のほほ笑み" が私のその後の人生に大きな影響を与えたと考えられる。

 

いずれのことも、この年になって改めて思い出され713日の彼岸の入りに父母から受けたちょっとした温もりを思い出せることは幸せである。

最近、人工知能AIの文字を新聞紙面で見ない日はない、と言っても過言ではないほどAIは、普及浸透している。書店でも、この分野での新しい書物が目につく。

AIも、現在は、それぞれの分野別に発展しているが、やがて統括し我々の日常に起きていることを、AIが代わる日もそれほど遠くないのではないか?という気がしてしまう。朝の通勤時、東京駅にある書店+カフェで書籍を見るのが楽しい。先日「人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊」井上智洋著という本を衝動買いしてしまった。まだ読み始めたばかりであるが、私にとっては未知のことが多く興味深い。AIがチェスに勝ち、将棋に勝ち、そして囲碁は不戦勝であったとか。そしてホーキンス博士は、AIが将来の人間に与える影響を心配しているということである。

そのような中で、私は今朝初めてAIと接点ができた。先日中学生の孫がiPhoneにセットしてくれたAI Siriに朝の目覚ましを頼んだのだ。昨夜ねるときに「Siri(呼ぶ時がちょっとこっぱずかしいが、、)に明日の朝6時に起こして!」とたのんだ。"わかりました"と言われたけど、心配だったので目覚まし時計もセットした。今朝、しっかりと6時に起こしてくれた!!感激と同時に、これからAIが私の日常にも入ってくる(すでに入っている)のだという実感がわいた。仕事の面でも、AIとの協調そして我々のチャレンジが急速に激しくなっていく予感が実感に変わった。

iPhone Siri.jpg

過日、New York Sloan Kettering Memorial Cancer Center(SKMC)の会議に招聘された際に、寸暇を惜しんでNew York Metropolitan Museum(NYMAM) を訪れた。

限られた時間の中、印象派絵画に限って鑑賞することにした。

印象派の絵画を、私が好きな理由は、"わかり易い" "色が美しい" "構図が良い"点に集約される。NYMAMは、写真撮影が自由なので私も数点を撮影した。カメラは、10年来使用しているCanon。 絵画館を出て、後日改めて写真をみた瞬間その、構図のみならず色彩の美しさに目を奪われた。写真をみて改めてそう思う。

Pierre Bonnard.jpg
Georges Braque .jpg
Georges Seurat .jpgPaul Signac .jpg
Claude Monet .jpg

病理学は、顕微鏡で組織(細胞の集塊)および細胞を見て、疾病の診断および研究をする学問である。日頃私が良く口にするのは、病理学はScienceであると同時にArtとしてのファクターも重要ということである。

病理学の"真実"を"わかり易い""色が美しい"、"構図が良い"写真(イメージ)で示すことを常日頃勤めている我々にとって、美術館鑑賞は趣味であると同時に、感性を研ぎ澄ます修行の場でもあると言える。

間もなく生誕80周年を迎える天才Lee Morgan

220px-Infinity_(Lee_Morgan_album).jpg

奇しくも私の誕生日219日の未明(New York)に僅か33年の人生を終えたLee Morgan。彼は、幼少のころからその才能を見出され、短い人生の間に30枚のアルバムを録音し、そのほとんどがCD化され普及している。

いつLee Morganの虜になったか定かでないが、私もいつしかCDを買いあさり、その半分くらいは所有して、時々聞いている。

私は、特に音楽の世界では、天才がいると確信している。Lee Morganは紛れもなくその一人である。天才が奏でるトランペットに酔いしれるとき、人生の心の宝物を探り当てたような気持ちになるのである。

音楽論を展開する気はないが、私の好きな曲にDesert Moonlightがあるイントロは"月の砂漠"でそのあとアドリブが見事に展開してゆく。なぜ"月の砂漠"なのか? その他Yama, Kozo's Walzなど日本になじみのタイトルがある。

日本との接点は何なのか? 実は、Lee Morganには、Kiko Yamamotoという日本人(日系アメリカ人)の奥さんがいた。日本人はPatient(我慢強い)だという評判で当時のジャズ演奏者はこぞって日本人と結婚した(がった)そうである。Art Brakey & Jazz Messengersの一員として来日した際には、夫婦で来日したそうである。しかし1972219日に33歳でCommon-law wifeに射殺されて生涯を終えてしまう。致命傷ではなかったが、雪深いNY、救急車が動けず間に合わなかったという。この年、私はDenverで病理の研修医であった。天才の奏でるトランペットに至福の時を感ずる。人生って素晴らしい。そういえば、私の娘も219日生まれだが、その日のDetroit(当時私はHenry Ford Hospitalに勤務していた) も夜中から大雪であったことを思い出した。

最近では、ほとんどCDしか聴かない、それもJazzばっかり、の毎日だが、先日部屋の隅に静かに眠っているLPレコードの棚を眺めてみた。保存しているLPレコードには、ジャンルはいろいろあるものの、今よりはクラシックが多い。

昔、といえば学生時代、なんと50年前のことだ。当時私は、ショパンのピアノ曲に陶酔していた。中でもRubinsteinの演奏するピアノ曲Nocturne Scherzo, Balladなどが好きだった。最も私が聴いていて喜びを感じるは、ピアノ協奏曲第1番であった。Rubinsteinの奏でるピアノの旋律とオーケストラのハーモニーの美しさ、私を恍惚とさせるのに充分であった。

棚の中に、当時何百回となく聴いた一枚のレコードを見つけた。

Chopin*, Arthur Rubinstein, Stanislaw Skrowaczewski. The New Symphony Orchestra of London - Concerto No. 1

Chopin.jpg

コードのジャケットを見ながら昔の記憶がよみがえり、久しぶりにターンテーブルにLPを乗せて演奏を開始した。CDに比べて、LPは何と柔らかな深みのある音色を奏でてくれるのだろうか?昔のままだ。このLP50年間の間に、医学部を卒業した私と一緒に米国に渡り音色を奏で、帰国した後はずーと眠っていたのだ。米国の中でも引越しを重ね、その都度一緒に移動した。学生時代からは何百回と聞いたかもしれないほど良く聴いていた。 レコードは素晴らしい!針の雑音も少なく邪魔にならないほど保存状態は良好で。Jazzで鍛えられた耳にクラシックは優しく語り掛けるようであった。ショパンなんと美しいことか?

学生当時どのようにして私がショパンに陶酔したのか記憶が定かでないが、私の琴線に触れた瞬間があったことは事実である。それもRubinsteinに!アルトゥール・ルービンシュタイン(Arthur Rubinstein)( 1887128 - 19821220日)は、ポーランド出身のピアニスト。Rubinsteinは改めて調べてみると2歳の時に姉の引くピアノを聞いてすでに自分で弾いたというからまさに神童であった。ショパンの演奏ではナンバーワンと言われている。

私は、音楽家のDNAが受け継がれているとは思えない家系であるが、ショパンに陶酔しきった50年前があったこと、同じLPの奏でる音を再現し、今も当時と同じように(あるいはそれ以上に)その美しさに恍惚となれたことに、この上ない喜びを感じている。ショパンは、39歳でこの世を去っているが、天才の感性に触れることが出来る自分に若干の誇りも感じている。

Arthur Rubinstein Wikipedia  

USCにて一年次に病理学総論 腫瘍IIIの講義と実習をした。

「腫瘍とは」の講義を1時間したのちに、小グループに分かれて実例写真を見ながら討論した。

また、20人を4組に分けて、腫瘍症例をグループ討論させて、それぞれの代表者がプレゼンした。

短時間ではあったが、よく内容を把握して、的確なプレゼンを行った。

いまだに我が国と違う点は、学生からの質問が活発になされて、指導教員と学生との間のInteractionが当然のように行われることであろう。

学生からの手ごたえを得ながら活発な教育が出来る点は USCに来ていつも、感じることではある。

20161129USC (3).jpg写真は、USCキャンパスの中庭であり、昼休みには多くの学生教員が行き交って談笑している風景を良く目にする。

ピッツバーグ大学名誉教授 山藤勇先生は、本年412日にご逝去され、去る113日に都内ホテルで奥様お嬢様が来日され「偲ぶ会」が催された。

 

Isamu Sando, MD, DMedSc.jpgのサムネール画像のサムネール画像山藤先生は、側頭骨の病理学でその後業績は世界的に高く評価され、我が国でも2007年に瑞宝中綬章を叙勲されている。同じ病理学ではあっても、専門分野は全く異なり、接点はほとんどなかったが、40年以上にわたり個人的な親交をいただいたことに感謝している。

私は、1970年夏から米国コロラド州デンバーのコロラド大学メデイカルセンターの病理においてレジデントを始めた。山藤先生に最初にお目にかかったのは1970年秋から冬にかけてのある日の真夜中であったと思う。当時私は、右も左もわからずに、病理解剖をまとめるのにWeekdayはほぼ連日徹夜状態であった。山藤先生から"What time is it now?"と聞かれ"It's about midnight"と答えたのが私であったと後で山藤先生から伺った。

当時先生は、研究にまい進されており、Weekdayは夜遅くまで大学のOfficeで仕事をされていた。またGrantの申請時期には連日ほぼ徹夜状態であったと記憶している。

 

ロッキー山脈.jpg週末には、ロッキー山脈に皆でドライブに連れて行っていただいたことを今でも楽しく思い出される。私は1975年にミシガン州デトロイトのHenry Ford Hospitalに移ったが、山藤先生も間もなくしてピッツバーグに移られた。その後は、数多く来日されたが、そのたびにお声かけいただき、楽しいひと時を過ごさせていただいた。

先生は、研究のセンスの良さ、頑張りを買われて、米国留学をし、Pathology of Temporal boneの世界的なリーダーとなられた。見えないところで人並み外れた粘り強さを発揮して研究成果を出されていたと推察している。その先生の研究における生き様、また人との接点・交流を大切にする人間性など、私個人としても惹かれ学ばせていただくことが多かった。私が常に目標とした理想の人物像であったと思う。先生が亡くなられた今、大変寂しいきもちであるが、いつの日かまたお目にかかれるような気がしている。

最近のブログ記事

第2回Beijing Hospital Cytology Training Courseにて2回の講演を終えて
10月13日から18日までに北京病院で開…
第15回 国際組織細胞化学会議ICHC Istanbul 2016の現地視察Site visitに参加して(前国際組織細胞化学連合理事長として)
さる9月15日、16日に表記の国際会議の…
スリランカの世界遺産 -シギリア、タンブッラ、キャンディ- を訪ねて
8月27日-29日に開催されたスリランカ…

タグクラウド