父のぬくもり 母のほほ笑み この歳で "彼岸の入り" に思い出すこと

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盆の入りの713日にちなんで日頃思っていること、、、

3か月ほど前、仕事から帰り熱い湯で顔を洗うとなにかホッとすることに気が付いた。

なんとなく心が休まるのでそれから毎日欠かさず行っている。

理由は定かでないが、幼い頃の "あること" を思い出す。

小学校低学年当時母が大病して入院しており私は父と二人暮らしであった。

当時の日本では多くの人が風呂は銭湯に行っていた。

銭湯に行けない日は、寝る前に父が湯を沸かし、熱いタオルで私の顔を拭いてくれた。

何とも言えず安心する時間であったに違いない。

熱いお湯で顔を洗うとき"ほっと安心する"のは、この父のぬくもりのなせることと感じる。

 

私は、自分の性格が普通であると思う反面、ユニークな面も強くあるのではないかと思うことも多く、そして時に悩む。

これも最近気づいたが、幼い頃の "あること" を思い出す。

中学に入って1年が経とうとしたころ、私の成績はだんだん下がっていた。

当時は人生の方向付けもなく、焦点が絞られないまま、成績を上げるべく努力していた。

ある日、母が学校から呼び出しを受けて、担任の先生と面談した。

私はきっと成績不良を母が責められて、さぞ機嫌が悪いのではないかと密かに心配していた。

帰ってきた母は意外と機嫌がよく一言だけ "先生からユニークな子供だ" と言われたと目がほほ笑んでいた。

密かに自分の "考え方・行動" が他人と少しずつ違うのではないかと心配していた私は "先生が私の特徴をよく見てくれたこと" とともに 母が "私のユニークさに喜びを感じた" ことが、この上なく嬉しかったことが記憶の隅から呼び起こされた。

この "寛容のほほ笑み" が私のその後の人生に大きな影響を与えたと考えられる。

 

いずれのことも、この年になって改めて思い出され713日の彼岸の入りに父母から受けたちょっとした温もりを思い出せることは幸せである。

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