病理の世界


病理診断の役目 病理医とは? 何をする医師か? 
病理医は、顕微鏡をみて、患者さんの"病気"の最終診断をしてする医師・歯科医師である。 病理医は、医学部卒業後、2年間の臨床研修を終了後、4年間の病理研修を受け、その後日本病理学会の認定試験を受験し、合格した医師である。
診療の中で、病理診断は、患者さんから採取された組織・細胞を染色し、顕微鏡観察によりなされるものであり、患者さんの予後などを規定する。以下のような種類がある。


1.病理診断とはどんな仕事か

病理診断ってなあに?

組織診断 Histopathology

患者さんが外来、入院する病院では、「病理診断」が行われます。Aさんが胃の痛みなどで、臨床医を訪ね、内視鏡検査で、 "癌を疑う" 病変であった場合 病変部分から小さな組織が採取されます。患者さんからとられた[採取された]組織を "生検" と呼びます。生検は、然るべきステップを経て、スライドガラスの上の顕微鏡標本となります。 顕微鏡 ヘマトキシリン・エオジン染色*された切片(薄く切った組織)を顕微鏡で見て、 "癌か良性か" の診断を "病理医が" することになります。これは、ごく一例ですが、病理医が診断する生検の種類は、消化器、呼吸器、肝臓、甲状腺、唾液腺、皮膚、神経など、ほぼ全身をカバーしています。我が国では、病理医は直接患者さんとお会いすることは少ないですが、患者さんの全身の疾患の診断をしていることになります。


細胞診 Cytopathology / Clinical Cytology

私が医師になった頃は、まだ多くの女性患者さんが転移進行性の子宮頸癌でお亡くなりになっていました。子宮頸部擦過細胞診が普及して前癌状態で病変を見つけることが出来るようになったこと、原因がHPVのHigh riskグループであることが判明したこと、などから進行性子宮頸癌の頻度は激減しました。頸癌の原因がHPVと判明してきた今日、細胞診断は、前癌状態で発見し、処置をする(Conizationなど)ため、子宮頸癌の著しい減少に大いに貢献してきました。 Bethesda systemは、この異型性により具体的な子宮頸部におこる前癌状態の病変への対処法を明らかにしているグローバルなスタンダードになりつつあります。
細胞診は、この婦人科子宮頸部の他、子宮内膜、呼吸器(気管支擦過など)、体腔液(胸水、腹水など)、乳腺、甲状腺、リンパ節など、組織診断と同様に多岐にわたっています。乳腺、甲状腺、リンパ節などは、針を刺して細胞と採取するところから、穿刺吸引細胞診:Fine Needle Aspiration cytology(FNA)とも言われています。細胞診の場合、パパニコロPapanicolaou染色**が用いられます。
前者は、スクリーニングとして、検診に用いられ、非常に多くの女性を対象にしています。後者の方は、良性か悪性かの鑑別、癌の詳細な分類などに用いられます。


術中迅速診断 Frozen section diagnosis / Intra-operative diagnosis

手術中に、採取された組織の凍結切片を作成して、H&E 染色し病理医が顕微鏡標本を観察して診断を下し、手術中の外科医に報告することになります。通常の病理診断の場合 標本作製には、1日以上かかるので、その時間を短縮するために組織を凍結し、薄い切片を作成します。胃癌、肺癌、乳癌、膵癌、胆管癌などで臓器を摘出した場合の切除断端***に癌細胞がないことを、あるいは領域のリンパ節に転移がないこと、などを確認するという重要な任務があります。これは、いわゆる取り残しがあるかどうかにも関わってくることになり責任が極めて重大です。その他、乳腺、甲状腺など腫瘍本体の迅速診断も対象となります。


剖検 Autopsy

剖検は、亡くなられた患者さんのご遺族の承諾を得て、種々臓器の肉眼および組織像を調べて、患者さんの最終診断をするものです。
癌であれば、どこまで広がっていたか(転移の有無など)、治療効果の判定(治療が癌細胞に有効であったか)、癌ではない患者さんの場合には、死因となった疾患は何であったのか(肺炎、肝炎、腎炎など)を明らかにして、生前の診断の正確性、治療の適格性などを検索し、最終診断するものです。
主とした臓器間には必ず相関があり、それを解明することは、パズルを解くように極めて科学的と言えます。生前の診断・治療の客観的な評価を行う最後の機会として医療の中で重要な位置づけとなります。

2.病理診断の医療に果たす責任は

研究このように、病理診断は、実際に患者さんの最終診断に関わっているので、それを担っている病理医の医療および社会に果たす役割は極めて大きいものと言えます。
病理医は、組織・細胞標本で、診断をしますが、それは多くの場合最終診断となります。そのために、病理医は充分な研修をうけて、社会に責任の果たせるよう、日本病理学会では、2年+4年の研修の後、2日間の認定試験を課しています。日本病理学会では、当初から実際の実技試験を課しています。病理診断の医療および社会に果たす役割は極めて大きいものと自覚して日常の診断に取り組んでいます。

3.病理医はどのようにして組織切片および細胞標本で最終診断するか

組織診断
大きく分けて3種類があります。
組織診断1-3
いずれにしても、肉眼的に充分観察してから、顕微鏡標本を作成し、顕微鏡にて診断します。この流れが基本です。顕微鏡標本を作成するのは、資格を持った技術員です。ここで良好な標本を作成するのが極めて重要となります。技術員が作成する薄い切片はそのままでは無色ですので、染色をしてみえるようにします。通常ヘマトキシリン・エオジン染色を施行します(日本では、HE染色、外国ではH&E染色と言います)。HE染色で多くの場合、確定診断がつきますが、中にはそれだけでは難しい場合があり、免疫組織化学、電子顕微鏡、分子病理などの技術が用いられ、100%近い正診率となります。
その際に、患者さんの臨床情報(経過、血液データ、画像など)も極めて重要です。
組織診断

病理医による診断・報告書

病理医の報告書は以下のようになります。
  臓器 採取法 場所 個数 診断
#1 生検 前庭部 2個 高分化型管状腺癌
英語 Stomach antrum biopsy 2 fragments WELL DIF FERENTIATED TUBULAR ADENOCARCINOMA GROUP V
#2 生検 体部 3個 慢性胃炎
英語 Stomach body biopsy 3 fragments CHRONIC GASTRITIS GROUP I

日本語 胃、全摘術 高分化型管状腺癌(tub1) sm ly1 v0 pm(-) dm(-)
英語 Stomach、gastrectomy WELL DIFFERENTIATED TUBULAR ADENOCARCINOMA

 

4.どのような病理診断をしているのか?

病理医とは、組織(胃、食道、結腸・直腸、肺、乳腺など)あるいは細胞(子宮頸部、気管支、乳腺など)を顕微鏡で観察し、それが悪性か良性か、悪性であればどのようなタイプなのか、を診断する医師である。(口腔領域の病理診断は、歯科医師によってもおこなわれている。)病理診断は、医行為であるため医師免許を必要とする。
近年、がんの予後(5年後にどの位生存しているか:5年生存率など)を病理診断として報告するように要求されている。更には、下図のように、従来のがん治療法に加え、患者個人のがん細胞の"表情"を見ながら、それにもっとも適切な治療を選択することが行われるようになってきている。この"表情"を分子(がん細胞の持つタンパク・遺伝子の様子)という言葉に置き換えたものが分子標的治療と言える。病理医の診断内容の変遷についていえば、この治療指針を与える部分において臨床医からの要望が次第に強調されて行くと考えられる。

5.病理診断は、どのように報告されるのか

患者→腫瘍組織採取(臨床医)標本作製
→病理診断(病理医)
→病理診断報告 ①確定診断 ②予後診断 ③治療指針
→治療(臨床医):外科 / 放射線 / 化学療法 / 分子標的治療

さて、我が国では、2001年に進行性乳癌に対して、ヒト化モノクローナル抗体(トラスツズマブ)が厚労省から認可され、以来多く使用されている。これはHER2(ハーツー)というタンパクが増え(過剰発現という)およびHER2遺伝子が増え(増幅という)ている乳癌を対象としており分子標的治療のスタートともいえる画期的な出来事であった。
トラスツズマブの治療効果の予測には、HER2タンパクの過剰発現、遺伝子増幅の有無が重要であり、これはそれぞれ免疫組織化学染色法(IHC)、蛍光色素標識遺伝子検出法(FISH法)によって判定される。癌細胞を顕微鏡にて正しく認識し、その細胞において判定を行わなければがんの治療効果予測としては全く無意味である。このもっとも重要な部分を病理医が担うべきものであり、我々はそれに対応する充分な資格・能力を有している。

治療に際しては効果を期待できる患者を選択することになるが、それには(1)治療のコスト(保険で収載されるので国家補助となる)、(2)稀に見られる副作用(心臓への影響;心毒性)の両面が大切である。米国などでは、このHER2の判定をより客観的にかつ正しく行うことを目的に、全国的な精度管理(ASCO/CAP guideline)を制定し、HER2の判定をする施設にはその加盟を義務付けている。我が国では、この精度管理の面が大変遅れており、日本病理学会でも全国的な精度管理の体制を確立すべく努力しているところである。

トラスツズマブで始まった分子標的治療も現在では、肺癌(ゲフィチニブ:イレッサで有名)、慢性骨髄性白血病(イマチニブ)、胃消化管間質腫瘍(GIST)(イマチニブ)、結腸直腸癌(セタキシマブ)、腎細胞癌(エヴォロリムス)など広く使用されている。この際にも分子標的治療効果の予測因子はタンパク、遺伝子変化である。遺伝子変化としては、突然変異(遺伝子そのものが変化する)あるいは転座(遺伝子が入れ替わる)などが重要である。

GIST ではc-kit遺伝子の突然変異が、結腸直腸癌では、 KRAS遺伝子の突然変異が薬効と関連しており、その検出が要求される。いずれにしろ、癌細胞を正しく認識し、標的分子の変化の診断をすべきであることは言うまでもない。標的分子診断は、治療効果の指針を提供するだけでなく、効果が期待されないと判定された患者には、"的外れな"治療を避けることにより医療費を削減し、不必要な副作用の弊害を避けることに直結する。すなわち、この正しい分子標的"病理診断"は"医行為"であり、医師の監督下で行われるべきであり、標的分子の診断には、病理医の関与が必須と考える。我が国においても、分子標的の検出判定を"検査"と位置づけることなく、医師による医療行為と位置づけて、病理医の関与が患者、医療従事者からも強く要望されるよう、喚起を促したい。また、そのための全国的な精度管理の体制づくりも病理学会としての急務と考えている。

病理組織・細胞標本→がん細胞の確認(病理医)
→標的分子診断(タンパク過剰発現、遺伝子増幅、遺伝子突然変異、染色体;遺伝子転座など)

6.医師としての病理学の魅力

私は、米国で病理診断のキャリアを始めたので、最初から医師として病理診断学を経験している。生検Biopsy、迅速診断Frozen section diagnosis、細胞診断Cytologyは、患者さんの診療に直結しており、約40年前の米国では既に、 病理診断は"医師の行う業務"である、との位置づけが医療および社会においてなされていた。
我が国では、平成元年に、"病理診断は医行為である"旨の通達が厚生労働省からなされ、更に20年経過した昨年(平成20年)に、"病理診断科"が診療標榜科として認定された。同時に、病理診断に関する診療報酬が第13部として創設された。これによって、長年にわたり多くの先輩方がご尽力されてきた、"医師による病理診断"が名実ともに確立されたことになる。
このような背景をもとに、私が医師として病理学のどこに魅力に感じているか、どのような興味を若手に示せるかなどについて考えてみたい。

職業としての病理医の魅力

職業としての病理医の魅力とは何か? それは"医療および社会に大いに貢献していると自負できることと学問として非常に興味深い分野である、ということであろう。
病理医として果たす役割として最も重要なことは、患者さんの最終診断に深く関与していることである。近年では、画像診断や内視鏡など、臨床的な診断技術も素晴らしい勢いで進歩・発展してきている。しかし、真に最終的な判断は、組織や細胞での解析に委ねられることが多い。癌を例に挙げれば、癌細胞の増殖能力、転移能力、薬剤に対する反応性など、細胞レベルでないと明確に出来ない点がある。このような総合的な判断は、病理の専門的知識を有する医師によって病理診断が行われることにより初めて可能となる。日常の病理診断は、腫瘍に関する診断が圧倒的に多いのだが、細胞の形態や遺伝子変化、タンパクの発現などの解析を経て最終診断を下している。医師として、このようなダイナミックな細胞の変化を"形態"で認識して患者さんの医療に寄与することに、私は職業としての大きな魅力を感じている。
これに通じることであるが、学問としての病理学に"医師としての興味"を持っている。私は長年、内分泌腫瘍の病理と臨床の関連性に特に興味を持って研究をしてきた。内分泌腫瘍が、なぜ特定のホルモンを産生するのか、なぜある特定のホルモン産生腫瘍は転移率が高いのか、など臨床に直結する問題として(も)興味深い。最近では、内分泌腫瘍細胞が発現しているソマトスタチンレセプターをはじめとする受容体が治療効果と相関することも判明してきており、病理診断の果たす役割はさらに重要となっている。

近年のがん治療において

近年、がんの治療において、分子標的治療(癌細胞の持つある特定の物質に対しての抗体療法および化学療法)という言葉も一般化してきており、乳癌、肺癌、大腸癌、腎癌など、多岐にわたって利用されてきている。その"特定の物質"や"特定の遺伝子"の解析も病理診断の一部と位置づけられるべきものである。"病理医"が正しい目で癌細胞を確認して解析をしない限り、有効な治療効果が得られない。これは、欧米ではすでに常識となっているが、我が国ではいまだ充分な啓蒙と教育が必要であると感じている。
このように、病理診断という医療の要として、かつ最先端の治療の基盤としての病理医の役目が、私が病理学に魅力を感じるところである。多くの若い病理専門医、臨床研修医、医学部学生の諸君に、この魅力を共有していただきたいと考えている。
患者さんが病理医の存在を身近に感じてくださるようになれば、病理医が直接患者さんと"患者さん自身の"病理診断につい話をする機会も出てくると思われるし、すでに実践している病理もおられる。
このような、科学研究・診断の魅力に加えて、経済的な余裕および時間的な余裕などが生まれ得る分野であり、まだまだ"もっともっと"魅力が見せられるように発展が期待される。

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