2020年5月アーカイブ

私の国際的な病理学の活動は、米国留学に始まる。国際病理学という学科目があるわけではないが、私の病理学の活動を"国際病理学"と称してまとめてみたい。 

1970年から1974年はコロラド州デンバーで病理診断学を研修し病理学研究の取り掛かりを得ることができた。1974年から1年間ミシガン州デトロイト市にあるHenry Ford Hospitalにて外科病理学のフェローとして勤務した。 5年間で病理診断学全般を習得し、研究のテーマを見つけることができた。1975年の3月に初めて米国の病理学会、New Orleansで開催されたUSCAPに参加したことも、 後に数多くの国際学会に出席する事の始まりになった。 学会に採択された抄録は、神経内分泌腫瘍の一つである嗅神経芽腫 olfactory neuroblastoma / esthesioneuroblastomaであったことも、後に内分泌病理学を専攻することになった因縁を感じるものである。 この腫瘍は論文として1976年に雑誌Cancerに掲載された。雑誌に採択された私の初めての論文であった。それ以来毎年開かれるUSCAPには、抄録を応募して参加している。

当時New Orleansで体験した本場のJazzに魅了され現在に至り、病理学と同じくらい情熱を傾けている。

留学から帰った後も、USCAPを初め、多くの病理学、細胞診、内分泌学、組織化学の国際学会に出席し研究成果を発表した。日本を留守にすることが多く、周囲に迷惑をかけることも分かっていたが、ご理解とご支援をいただけたことに深く感謝している。これまで英文での論文発表も500編を超えるまでになった。 それぞれの学会で多くの国際的な知己を得ることが出来た。2008-2012には、国際組織細胞化学会議(IFSHC)の理事長、2016-2019には、国際細胞学会(IAC)の理事長を拝命したこの上ない名誉な事であり、多くの方々のご支援、ご協力に感謝するものである。

今年のUSCAP229日~35日にLos Angelesで開催された。現地に到着した翌日に米国でCOVID-19による最初の死亡者が報告され、まさにOutbreakの始まりであった。少し遅ければ大Outbreakに巻き込まれ帰国もままならない事態であったことを想像すると運が良かったと思う。それ以来、国内外のほとんどの学会が延期あるいはWeb開催となっている。まさに今まで経験したことのない事態である。

来る121日から私は、International Academy of Pathology(IAP)国際病理アカデミーの理事長を拝命する予定であり これまでのご支援に応えるべく全身全霊をもって活動する覚悟である。任期は2年。 残念ながら当初8月にGlasgowで開催予定されていた国際学会ESP/IAP学会が、COVID-19の猛威を受けて、 12月に延期になった。無事開催されることを心より祈るものである。IAPの活動の中心は、国際的な病理学の教育である。近年急速に発達したデジタル病理学を用いて、 グローバルな視点から、各領域に合わせながら教育の充実、精度向上に勤めて行きたい。また、2026年に開催予定のIAP国際学会に福岡市が立候補しており、開催に向けて最大限のご支援をする所存である。

米国コロラド州デンバーに留学中, 私は免疫組織化学の発案者である中根一穂教授(Prof. Paul K. Nakane. PhD)から直接手ほどきを受け、当時中根教授が興味を持たれていた下垂体の組織学及び病理学に興味を持った。 後にヒト下垂体腫瘍へ免疫組織化学を応用し腫瘍の分類を体系化した。下垂体を通して内分泌細胞のホルモン産生機序とその異常(病理)に興味を持ち内分泌病理学を専門分野とするようになった。他所にもすでに記載したこともあるがコロラド留学中に発見した ACTH産生細胞の変化がすでに30年以上も前にCrooke変性として報告されていたことは忘れ得ない経験である。最近経験することであるが、このCrooke変性を伴う下垂体腫瘍が稀にではあるが癌化し、肝転移をする事実は今持って驚かされる。長年この領域の研究に情熱を注いできたが、WHO Endocrine tumors 2017Volume Editorを努めることができたことは、大変に光栄なことだと思っている。

最近は、内分泌病理学の分野として、肺のカルチノイド/神経内分泌腫(Carcinoid/NET)のチャプターの執筆を受けたりする立場になっているが、私の最初に書いた英文論文"Peripheral and spindle cell carcinoid of the lung"は、1973年にコロラド留学中にArchives of Pathology and Laboratory MedicineCAPの機関紙)にCase reportとして投稿したものの、見事にRejectされてしまった。落胆したものであったが、そのご奮起して多くの論文を書くことになった。今日PubMedPeripheral Spindle cell carcinoid of the lung検索すると最近(2018年)でも"私が最初に目を付けた"病変の報告がhitする。George Papaxoinis & Angela Lamarca & Anne Marie Quinn & Wasat Mansoor & Daisuke NonakaClinical and Pathologic Characteristics of pulmonary Carcinoid Tumors in Central and Peripheral Locations  Endocrine Pathology (2018) 29:259-268

私の長い内分泌病理学の中で記憶に残る事象である。

私は1970年に医学部卒業し医師になって50年を迎える。この間の病理学の変遷を振り返ってみたいと思う。

卒業後病理学教室に入局したが、すぐに渡米した。8月から米国コロラド州デンバー(Denver)にあるコロラド大学メデイカルセンター(UCMC)で病理レジデントとして病理学習得のため大いに励んだ。これが私の病理学人生の始まりである。

この50年間の"病理人生"には、波がいくつかある。免疫組織化学、分子病理学、デジタル病理学が代表的と言える。免疫組織化学はコロラド大学留学中の1973年に中根一穂(Paul K. Nakane)教授の元で習得し、その方法は帰国してからわが国で急速に普及し研究・診断に応用されやがて黄金期を迎えることになる。今では、市販抗体も数多く普及し、さらに自動化されて現在に至っている。1990年頃から免疫組織化学と並行して普及し始めた分子病理学は、ウィルスの同定に始まり、癌の遺伝子変化の解析に移行して、現在では次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer)としてのパネル検査へと発展している。病理画像をデジタル化して、診断に応用するデジタル病理学は日常の診断のみならず、遠隔診断に用いることが期待される。さらにはデジタル画像に人工知能AIを応用して病理診断の自動化を行うまでになっている。私の50年のキャリアの中で、これらの大きなイベントを経験し、少なからず貢献できたことは無類の喜びと言える。

免疫組織化学、遺伝子(ゲノム)解析、デジタル画像などが病理学に導入され、病理診断の精度が上がり、治療への応用が具体化し、診断自動化などが現実のものとなっている。これに関する多くの医療機器が海外から輸入されているのも事実である。我が国で現在死因のトップを占める癌の早期発見、早期治療はすでに軌道に乗っている領域もあるが、中には膵癌のように進行癌で発見される例も少なくない。ボーダーレスになって来ているがん医療、早期発見早期治療に、我が国の病理学が発信する新しい情報に大いに期待したい。

 

参考:https://www.carenet.com/news/general/carenet/48233