2017年8月アーカイブ

WHO Classification of tumors of Endocrine Organs4版が刊行された。

WHO Endocrine Tumors 2017と呼ばれ始め、Volume Editorの一人として嬉しく思っている。

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ACTH cell.jpg

さて、表紙の写真の一部に下垂体腺腫Corticotroph adenomaの一亜型Crooke cell adenomaを入れてもらった。私の病理医・病理学者としての生涯を物語るものとして是非記載しておきたい。最初の出会いは、1973年米国コロラド大学で病理レジデント3年目を終え4年目のResearch fellowの時であった。その年、私は、Prof. Paul Nakane(中根一穂教授)に師事し、Nakane教授が開発された酵素抗体法を習得すべく、日夜研鑽を重ねていた。Nakane教授が酵素抗体法を応用されたのが、ラット下垂体であった。私には、剖検で得られた下垂体を1000個みて、"何か変化(病理)を見つけよ"という命題が与えられた。とにかく毎日毎日下垂体のH&E染色を注意深く観察した。しばらくして、細胞内がリング状に染色が薄く(淡く)なっている細胞があることに気が付いた。その症例の剖検プロトコールを丹念にレビューしたところ、患者は白血病、肝移植などでステロイドを投与さえている共通点を見つけた。早速ACTHを酵素抗体法で染色したところ"見事に"陽性であった。ステロイドによる下垂体Corticotrophの退行性変性と考え、"私の発見"として大変うれしく思い、Nakane教授も喜んで下さった。早速論文作成に取り掛かったが、過去の文献を調べているうちに、意外なことに遭遇したのである。なんと1935年に英国のPathologist であるArthur Carleton Crooke博士が私の見たのと全く同じ細胞をシェーマ入りで発表していたのである。Crooke博士は、ヒト下垂体腺腫の患者の下垂体の腫瘍以外の"正常"下垂体でこの変化を見たのである。私が見つけた細胞の発現と機序は同じである。その変化は、Crooke's cellといわれて広く知られている。酵素抗体方によりACTH細胞であることを見出したのは、私が最初である。さらに、興味あることは、当初退行性変性と考えられたCrooke cellであるが、近年Crooke cellより構成されるCorticotroph adenomaは、浸潤、再発などを示すaggressive adenomaであることが判明してきた。その機序は解明中である。

Crooke Change in normal pituitary.jpg

私は病理人生の早い時期に、自分でも新しいことを発見できるという自信を得たこと、"なぜか?"という疑問を持ち原因を探り当てる探求心を養えたことなど、貴重な体験をした。Nakane教授は真の研究者であり、我々には非常に厳しいMentorであった。実験には必ずコントロールを置くこと、研究テーマに固執して一生大切にすること、など貴重な教えが今でも離れない。

大袈裟な表現となるが、私の下垂体研究の"証"としてCrooke cell adenomaACTH染色をWHO Blue Bookの表紙に掲載してもらった。近い将来、機会を見つけてCrooke博士の足跡を探り、その生涯に触れてみたいと思っている。