レベッカ・スクルート著 中里京子訳
不死細胞 ヒーラ HeLa ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生
The immortal life of Henriietta Lacks Rebecca Skloot
講談社 2011年6月14日 第一刷
HeLa細胞に係る本書をやっと読み終えた。
HeLa細胞は、不死化された培養細胞として、癌細胞の分子生物学、癌の治療、再生医療、その他実に多くの領域で応用されてきたのは、周知のことである。このHela細胞は、無尽蔵と言えるような状況で市販されていており、世界中あらゆる研究者に提供可能である。
本書は、このHeLa細胞について、著者の根気よい長期間にわたる取材をもとに、詳細が明らかになっており、中には、目を疑いたくなるような歴史的記載もある。
先ず、HeLaが1951年に亡くなったAfrican American女性 Henrietta Lacksの子宮頚癌から撮られたものであることが強調され、Lacks家の人々、特にHenriettaの次女Deboraへのインタビューを通して、色々な事象が記載されている。Henriettaは、ジョンスホプキンス大学病院で子宮頚癌の治療を受けたが、死亡し、遺族の承諾を得て病理解剖を施行している。剖検記録によれば、癌細胞は腹腔内に広範に浸潤していた[文献1]。子宮頚部生検から得られた子宮頚癌の細胞は、培地の中で他の癌細胞と異なり、極めて高い増殖能を有し、Cell line化された。そして、ジョンスホプキンス大学の研究者Gey博士はこの細胞を研究に提供することを思い立ち、多くの研究者の研究に応用された。Henriettaの死後60年経っているが、実に大量のHeLa細胞がこれまで産生されたことになる。当時、インフォームドコンセントの概念はなく、これらの事実は、Lacks家の人々には知らされずに進められた。このことを、Lacks家の人々は不満に思っていると記載されているが、最終的に訴訟することはなく、"人々の役に立っている"ことで了解していると結論している。取材の中で、いくつか驚くべき史実の記載がある、HeLa細胞が他の培養細胞にコンタミ(混ざる)している、他の生物とのキメラを作製(鳥の心筋細胞不死化など、、、、)、ヒトへのHeLa細胞移植実験、、、、などである。
また、病理医として興味があったのは、本腫瘍の組織型であった。当初扁平上皮癌と考えられてきたが、のちに腺癌とされたとある。それについては、文献1に詳しく記載され、病理組織写真も掲載されている。病理組織像は、浸潤性の扁平上皮癌もあるが、同時に、多くの大細胞を多数示す、低分化癌があり、その部分がCell lineかしたのではないかと思われる。報告で見る限り明らかな腺癌を認識するのは困難である。腫瘍の切片を取り寄せることができるのであれば私自信でも是非見たいと思っている。
Helaを巡る、医療情勢、社会情勢などデボラ、Lacks家の人々を通して詳細に描かれている。極めて興味深い一冊である。英文を読んでいないが、和訳の表現も適切と思われる。
関連文献
1. Lucey BP et al. Henrietta Lack, HeLa cells, and Cell Culture Contamination.
Arch Pathol Lab Med.2009;133:1463-1467
2. Jones,HW Jr Record of the first physician to see Henrietta Lacks at the Johns Hopkins Hospital:History of the beginning of the HeLa cell line.
Am J Obstet Gynecol 1997;176:S227-8
3. Hsu SH, et al. Genetic characteristics of the HeLa cell.
Science. 1976 Jan 30;191(4225):392-4.
4. Jones HW Jr,et al. George Otto Gey. (1899-1970). The HeLa cell and a reappraisal of its origin.
Obstet Gynecol. 1971 Dec;38(6):945-9.