2011年8月アーカイブ

病理診断も、顕微鏡標本を主体に、病変の本態を診断し、治療に反映すことの本質に変りはないが、その内容に近年目覚ましい変貌が予測されている。

その中で、2つの特記すべき事項をあげたい。

 

1. 分子病理診断の導入

 

形態診断は基本であるが、そこに更なるより適格な情報を提供するために、組織細胞内の遺伝子解析の重要度が増してきている。すなわち、癌の診断において、

1)確定診断、(2)予後の予測、(3)治療効果の指針など までの方法では充分カバーしきれなかった重要な情報が遺伝子を解析することによって可能となります。

乳癌において、HER2遺伝子の増幅(数が増える)、過剰発現(蛋白が増える)などはモノクローナル抗体(Trastuzumab)の効果の予測因子として重要です。その他、造血器腫瘍、消化器腫瘍、肺癌など多くの種類の腫瘍において遺伝子解析が重要となってきている。また、細胞診の領域でも、子宮頚部の異型細胞が見いだされた場合、ヒトパピローマウィルス(HPV) のDNA解析も要求される。この際に、子宮頚癌の発生と深く関連したhigh risk HPV DNAの検出は重要である。最近では、このように遺伝子およびDNAの解析をする病理学分野をMolecular Pathology "分子病理" と呼称してきている。 

HER2 IHC 3+ HER2 FISH amplification HER2 DISH amplification.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像HER2 IHC 3+       HER2 FISH amplification   HER2 DISH amplification

 この分子病理診断も日常の病理診断の一部分になりつつあり、国際理療福祉大学三田病院でも分子病理診断室を設置して日常の分子病理診断にあたっている(HER2, KIT, KRAS, EGFR等) 

分子病理.jpg2. 画像病理診断Digital Pathology

 

もうひとつの特記すべき領域は、画像病理診断DPである。現在、癌などの疾患の最終診断は、病理の組織・細胞標本を電子化デジタル化することによって、その画像を用いて診断する方法である。それには、現在組織切片全体をデジタル化してコンピュータのモニター上であたかも顕微鏡を見ている感覚で視野を動かし拡大の上げ下げの出来る装置が急速に多くの会社で開発され多くが市場に出回っている。

 

デジタル化することにより、  (右下の画像のサイトへ ID/PWは図中に記載)

Virtual Image  URL.jpgのサムネール画像 

1. 診断前夜に取り込んでおいたデジタル画像で組織診断をモニター上で行う。

2. デジタル画像を他施設に送りコンサルテーションをする。

3. 遠隔地からの画像を受信して遠隔病理診断テレパソロジーを行う。

4. 国際的な連携を深める

5. ほか

 

などなど多くの利点があり、諸外国(特に北米)でも我が国でも病理診断のデジタル化が急速な勢いで進んでいる。"顕微鏡からデジタル画像へ"の動きは後10年ほどで完了するとも予測されている。

 

以下に、昨年カナダのトロント大学のDr. Sylvia Asaが講演した中で、2020年と題して "Pathology Cockpit" の予想図が提示された。

  2020 paradigm.jpgのサムネール画像のサムネール画像これによれば病理医は、 "PathologyCockpit" のモニター上で臨床情報、肉眼臓器の所見、組織細胞所見および遺伝子情報に同時にアクセスすることができ、診断精度を高めるという構想である。

 

若い学徒を "新しい病理学" へ誘う

 

このように、病理診断分野も、基礎的研究をベースに、かつ技術革新を取り入れることによって、大きく変貌しようとしている。薬理学、分子生物学、物理学などを充分に習熟した病理医が求められている。是非、若い諸君の病理学への興味がこの方面に向いてくることを大いに期待しいている。

2か月程前に、NHKのダーウィンが来た!」を見ていたら、表記の予告があり、私は興味を持って目を凝らして見ていた。私が、昨年学会の帰途にイグアスの滝に立ち寄った際に目にした現象を思い出したからである。

昨年10月にブラジルのサンパウロで国際病理学会があり、特別講演(1時間)を含めて5回の講演を依頼されていた私は、講演と食事の時間以外は、ホテルの部屋で準備に没頭していた。すべて講演を終了した頃には、実に心身ともに疲労困憊であった。

帰りがけに週末をかけてイグアスの滝に立ち寄った。国立公園内のホテルに宿泊し翌日早朝に、滝を見ながらトレイルを散歩した。まだ人も少なく、素晴らしい景色を堪能した。

トレイルの終点に来てエレベータで道路まで上がろうとしたが、まだ早すぎて30-40分ほど滝の真横で待つはめになった。私は、他にすることもないので、 "滝をずっと眺めていた" するとあることに気づいた。多くの小さい鳥がものすごい勢いで流れ落ちる滝に向かって全速力で次から次へと突入して行くのであるアマツバメ.MOV。その鳥たちは、良く見ていると"同じ鳥かどうかわからなかったが"、また素早く滝の下の方から飛び立つのであった。

何と奇妙な現象であろうか。私が想像したのは、水の中の魚など餌をとりに突入するのではないかであった。

 

    アマツバメ.jpgNHKの番組ですべてが明らかにされた。名前はオオムジアマツバメ 、滝の水の切れ目を上手く見つけて滝の裏のある住処に入って行くとのこと。

滝に守られて外敵から守られる言う利点を利用しているそうである。170キロの時速で突入するらしい。

病理学者・病理医である私は形態学を重んじている訳であるが、NHKの報道に先んじて "自らの目で見つけた" 生き物の不思議にちょっとした満足感を味わっている。

紅梅 津村節子.jpg津村節子氏が夫である故吉村昭氏の亡くなる前の闘病生活とそれを支えた夫婦の愛情が良く表れている。吉村氏は、舌癌と膵臓癌にかかり、その闘病生活は像絶なものであり、"育子"として描かれる津村氏の看病の仔細には胸を打たれるものがある。

吉村昭氏の小説は、これまで多くを読んで感動していたので、今回の"紅梅"もそれを思い出した。これまで私が、読んだのは、アメリカ彦蔵、大黒屋光太夫、島抜け、敵討、夜明けの雷鳴、暁の旅人、死顔などであり三陸海岸大津波は311日の震災とともに脚光を浴びている。

アメリカ彦蔵、大黒屋光太夫はそれぞれ難破という偶然からアメリカ、ロシアでの数奇な運命を描いた小説で私にとって極めて灌漑深かった。彦蔵は米国に帰化して、始めてアメリカ大統領にあった日本人となり、光太夫は日本に帰国するためにSt.Petersbergにいる女王エカテリーナにあっている。壮大は構想で、いずれも、その歴史的検証が綿密になされて書かれたことが良く推察されるし、"紅梅"にも記載されている。

それに比べて、津村節子氏の小説は、余り多くは読んでいないが、新潟での薪窯で日曜雑記を焼き続ける家族愛を描いた"土恋"は読みやすい文体で愛情が素直に伝わってくる。

紅梅は、長い本ではないが、私が最近感銘を受けた一冊といえる。

 

iadp rogo.JPG

82日より85日までカナダのケベック市に滞在し、表記の会議に出席した。

今回は、Digital Pathology(DP)の第一回の国際会議であり、会長をハーバード大学MGHの八木由香子先生が努められ、世界18カ国から100余名の参加者があり、大成功であった。 Quebec.JPGのサムネール画像 ケベック市は、茹だる様な東京とガラッと変わって、涼しくすがすがしいところであった(写真:中央に見えるのがお城) 日本からも、病理医、基礎研究者、企業など多方面の方々が出席された。行きは、シカゴで飛行機を乗り継いでケベックに入ったが、乗客約60名のうちかなりの日本人がおられ、その多くの方々を会場で見かけた。発表も、開発、応用、機器の提示など、多岐にわたっていた。多くの素晴らしい報告があったが、(1)カナダでの病理医不足の解消のため、国策として病院間のDPの導入(Dr.Tetu)、(2College of American Pathologists CAPDPValidation guidelineを作製し、パブリックコメントを求めている点(Dr. Evans)に注目した。前者は、ケベック市を中心に行われQuebec Projectと呼ばれHamamatsu Photonicsが採用されている。トロントでも、大学中心に病理医を集約してDPを活用する方策がとられており、こちらはGE Healthcareが参画している。後者は、CAPホームページで全体を見ることができる。近い将来には、FDAも病理診断のPrimary diagnosisを認可する方向にあると聞いている。2020年と目されている病理診断の全面的なdigital化も予想以上に加速が早いかもしれない。我が国ではVirtual microscope(VM)で一般化している機器も、国際的にはWhole Slide Imaging(WSI)と呼ばれることが多くなっている。

会長の八木由香子先生も、講演に、座長にと大忙しであったが、終始笑顔を絶やさず立派に会長を務められた。先生のご講演もMGHでの基礎から応用への取り組みを分かりやすく話され、感銘深いものであった。心よりお祝いを申し上げたい。

企業からの講演、展示も大変多いのが本学会の特徴であった。機器の展示としてはオリンパス、Philips, 浜松ホトニクスなど広く知られている企業Vendorとともに、Sakura Finetek USA(SFA)Torrance CA)から、Digital imageLive Imageを双方同時に操作できる機種のプロトタイプが展示されており注目された。また、カナダOntarioにあるHuron Technologiesからは、マウスなどWhole bodyWSIの機種が展示され研究者には魅力的なものであった。ソフトの方も、多く開発がなされ、NECからはe-Pathologistで画像解析ソフトが、またソニーからは、画像の操作Controllerが披露され、わが国の技術が注目された。iadp.JPG私は、Digital Pathology in Asiaと題して講演させていただいたが、これまで私が日頃親しくしているアジアの病理医から聴取したアジアでのDPの現状を紹介し、今年度経産省と国際医療福祉大学が手掛けているプロジェクト"コンソーシアムによる遠隔診断"によるアジア医療支援をお話した。アジアも急速にDPに向かって興味が集中してきており、わが国の貢献も大いに期待されている。

 

 

henryforddethosp_hfh.jpg米国ミシガン州デトロイト市のHenry Ford Hospital(HFH)(右の写真)の病理医の友人Dr.MinWoo Leeから 我々共通のSurgical pathologyでのMentorであるDr.Gerald Fineが今年の4月に亡くなっていたことを知らされた。87歳であった。今年は、何人かの親しい病理医の友人を亡くし悲しい思いをしているが、それにまた輪をかけた悲しい知らせである。私が、HFHで病理診断のフェローをしたのは、1974年―1975年にかけて、今から35年以上も前になる。4年間コロラド州デンバーでの病理レジデント、リサーチフェローを終えて、病理診断のbrush-upのためHFHDr.Fineの元へ移動した。この時は、Dr.Siverbergのご紹介をいただいた。

Dr.Fineの指導で、私の病理人生で最初の論文を書いた。それが、 

  Ultrastructure of the esthesioneuroblastoma.

                              Osamura RY, Fine G: Cancer 1976, 38:173-179.

これは、電子顕微鏡を主体とした論文で、多くの組織学的な鑑別診断の中で、電子顕微鏡的な"分泌顆粒"Secretory Granuleの存在が診断の決め手になるという内容である。この論文をまとめるのに、周囲の病理医からの症例の収集、電子顕微鏡観察そして、"書き上げる"プロセスを懇切丁寧に教えていただいた。

コロラド大学で学んだ免疫組織化学に加えて、電子顕微鏡診断学を学び、この論文を発表したことは、その後の私のAcademic lifeの礎となったと思っている。現在までに英文論文数が500に届こうとしている。

Dr.Fineは病理診断に対し、大変に厳しい方で、周囲のスタッフ、レジデントなどつらい思いをした人が多く、周囲からは"余り好かれていなかった"と言えるような人であったが、私と前述のDr.Leeとは大変気に入られ、一度も"こっぴどく"叱られたことはなかった。HFHでの仕事は、辛かった面も多いが、私のこれまでの仕事への情熱をともし続けてくれた発端となったことは間違いない。

Fine Dr.Fine  Print photo2.jpg